大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)6号 判決 1996年3月05日

静岡県庵原郡蒲原町中六五二番地

上告人

佐野好一

右訴訟代理人弁護士

杉山繁二郎

静岡県清水市江尻東一丁目五番一号

被上告人

清水税務署長 中村修

右指定代理人

小沢満寿男

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行コ)第一八五号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成七年九月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉山繁二郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 犬野正男 裁判官 尾崎行信)

(平成八年(行ツ)第六号 上告人 佐野好一)

上告代理人杉山繁二郎の上告理由

第一 本件事案

一、本件事案の基本

本件事案は、ほとんど無価値な農地を農民から安く購入して、地元の町長の政治力を利用し右農地に道路を付け価値ある土地として第三者に転売し利益を取得しようとした事件である。

しかも、その際、真実の買主が土地売買契約書に名前を出さず、長期譲渡所得として軽い税負担とするために真実の買主が登記を経由せず、直接、元の地主から第三者に売却したかの如くの形をとる為に元の地主の所得申告も代行しようとしたものである。

二、訴外佐野元敬、望月儀作、上告人等について

訴外佐野元敬(以下元敬という)は、本件土地の所在する蒲原町の隣りの町芝川町の町会議員を長く務め町議会議長にもなった人間であり、芝川町、蒲原町、由比町および富士川町が共同で設立した共立蒲原病院の委員なども務めていた。

また、元敬は、広い山林を所有する資産家であるとともに、富士宮市の大物不動産業者大望興産こと望月儀作の従業員として名を連ね(甲第三九号証)、山林をゴルフ場会社に売却するなどして極めて高額な所得を得ていた(甲第四二号証)。

上告人と元敬の関係は、元敬が年長のいとこ同士であるが、長年上告人が元敬の下で働き、また上告人が弟佐野鍬太郎と共に桜えび漁船を持って独立する際元敬から無利子で多額の援助を受けたなどという関係があり、その後、上告人が金銭的余裕ができた時期には元敬が大きな貸倉庫を建築する際、上告人や鍬太郎の方から元敬に対しその建築資金の一部を貸すなどと相互に援助し合う関係にあった。

三、本件土地の売買の経過

訴外石原安太郎(以下石原という)、訴外磯部権吉(以下磯部という)及び訴外上村正雄(以下上村という)は、蒲原町蒲原地震山下にごみ処理場があったことから大量の野鼠が発生するために耕作地に適していない農地を隣接して所有していた(地震山下四九九九-一九、同五〇一一-九及び五〇一一-四の農地、以下この三筆の農地を本件土地という)(甲第二五号証添付の図面参照)。

そのために、昭和四七年頃、右三名は近くに住む上告人に対し本件土地の買手がいないか捜してくれるよう頼んだ。

上告人は、当時元敬が山林をゴルフ場用地として売却して多額の金員を得ていたので、昭和四八年一月ごろ元敬に対し本件土地購入をする気があるかどうか話した。元敬は、訴外川崎製鉄が静岡県における製品配送センター用地を捜しているということを知っていたために、川崎製鉄に転売するという目的で本件土地を購入することを決意した。

上告人が石原らに対し、上告人の従兄弟である元敬が本件土地を購入する希望をもっていることを伝えると、石原らは「元敬については全く知らないので、本件土地代金の支払いについては、上告人が責任をもって元敬から受け取り自分達に支払うようにしてくれ。」と頼んできた。

昭和四八年八月三〇日、元敬は石原ら三名と本件土地の売買契約を望月儀作名義が締結した(甲第一号証の一、甲第二号証の一及び甲第三号証の一、証人磯部まつの証言調書、証人石原の証人調書参照)。

四、本件土地への道路の取り付け

本件農地にはその売却当時自動車が通行できるような道路はなかったが、本件土地付近には地下に工業用水を送るための太い管が埋設されていた管路敷で、その地上が全く利用されていなかった静岡県企業財産駿河工業用水道用地が存在した(甲第二五号証参照)。昭和四七年当時の蒲原町長は井上民三であったが、元敬とは旧知の間柄であり、元敬は井上町長に対し右工業用水道用地のうえを道路として使用できようにしてくれるよう頼み込んだ。

井上町長は昭和四九年一月二一日付で静岡県駿河工業用水事務所から企業用地土木工事施工承認書を取得し、早速右工業用水道用地に道路側溝を設置し道路として使用できるようにした(甲第二五号証、甲第二六号証)。

この結果、本件土地には自動車が通行出来る道路が付きその価値が増し、転売利益を取得することが可能となったのである。

五、上告人の元敬に対する貸金債権

元敬は昭和四五年末ころ、訴外杉山功と共同で富士市五貫島に建坪約一〇五〇坪の倉庫を建てたが(当時、日本通運に月額賃料約一一〇万円で賃貸された)、その際上告人及び上告人の実弟佐野鍬太郎は、元敬から求められてその建築資金の一部としてそれぞれ金一一〇〇万円と金四〇〇万円を貸し渡した。その際、上告人らの方からは全く要求しなかったが、元敬は担保として同人所有の富士郡芝川町内房目廻沢の山林六筆(一町八反七畝二三歩)を上告人らに所有権移転登記してくれた(甲第六号証の五、甲第一三号証の一ないし三)。

なお、その後、鍬太郎が同人が出した前記金四〇〇万円を同人が田を買うのに必要というので、上告人は鍬太郎に対し昭和四八年二月二〇日金二三〇万円、同年四月一七日金一七〇万円返してやっていた。

その結果、上告人が元敬に対し、金計一五〇〇万円の借金債権を有することになった(証人鍬太郎の証言調書)。

ところで、元敬は昭和三〇年代から糖尿病であり、昭和四八年当時その状態がかなり悪かったために、万一元敬が死亡した場合には、上告人が遺族に対し右金一五〇〇万円を請求する場合に借用書がなければ遺族ともめることになりかねないと考え、上告人は昭和四八年一月一〇日付の金五〇〇万円と金一〇〇〇万円の二通の金銭借用証書を元敬に作成してもらった(甲第七号証及び甲第八号証)。

また、上告人は元敬の本件土地代金を支払うについて金一〇〇〇万円を貸したほか(上告人の昭和六三年一〇月二〇日付本人調書第一七二項、第一七三項、乙第七二号証参照)、本件土地の造成費用合計金一七六万九二六〇円を貸した(同調書第一七六項、第一七七項、甲第一〇号証)。

六、本件土地の買受後の経過――上告人の売却のための代理権取得

元敬は、前記のとおり川崎製鉄へ売却するために本件土地を取得したが、本件土地に至る前記道路を所有管理していた静岡県が同道路を川崎製鉄に利用させることはできないということであったため、川崎製鉄への売却はできなくなった。

その後、本件土地に隣接して工場を有していた東海金属株式会社が本件土地を購入したい旨元敬に申し出てきたが、結局は資金繰りから購入することができなかった。

そのような経過で、元敬は本件土地を取得したもののなかなか売却することができないでいた。

上告人自身も元敬が速やかに本件土地を売却して上告人が貸し付けた金員を返してくれるものと考えていたが、右のような事情で売却が進まず、また元敬自身の糖尿病がますます悪化してきたために、このまま放っておいたら右貸付金の回収も困難になると考えて、貸付金を回収するために本件土地の売却について元敬から代理権を授与してもらって本件土地を売却し、その売却代金から貸付金の支払いを受けることにした。

昭和五〇年六月一日、上告人は元敬から右代理権の授与を受けるとともに、代金支払いは済んでいたものの本件土地名義が前記石原ら三名の名義に残っており石原らの名義で売却しなければならなかったために、同人らからも本件土地売買の代理権を授与する旨の委任状をもらった(なお、昭和五〇年一〇月一九日元敬は糖尿病により死亡した)。

第二 原判決の虚構性

一、原判決の構成

原判決の構成は、本件土地のうち石原地(四九九九-一九)を元敬が買い、上村地(五〇一一-四)及び磯部地(五〇一一-九)を上告人が買ったとし、上村地及び磯部地を上告人が売却して転売利益を得ているというものである。

しかしながら、石原、上村及び磯部の各土地売買契約書(甲第一号証の一、甲第二号証の一及び甲第三号証の一)を見ても、石原地と上村地及び磯部地の道路等との位置関係を見ても(甲第二五号証添付の図面参照)、買受人が同一であることは明らかである。上村地及び磯部地が道路が付いているという点で石原地と比較して格段に値打ちのある土地であり、上告人が多大な恩を負っている元敬に対し悪い土地を買わせ、自らが井土の地の方を買うなどということは世間の常識からいってあり得ない。因みに異議決定書(乙第七八号証)は、石原地、上村地及び磯部地を上告人と元敬が共同で買った旨認定した。異議決定書が上告人を買主に加えたことは誤っているが、少なくとも、石原地、上村地及び磯部地の買主を同じ人間だとしたことは経験則に合致しているというべきである。

二、本件更正決定、裁判等の特徴

本件更正決定、裁判等は、本件土地売買が行なわれてから実に約一〇年(更正決定)ないし一二年(裁判)を経て審理されているものであり、その間に上告人に有利な客観的証拠が失われてしまったり、証人ないし上告人本人の記憶があいまいとなってしまっているなどの特徴がある。

長年経てば、その間に書類等が紛失したり、当人らの記憶が不鮮明になるのは経験則上広く認められていることであり、本件事案を審理する裁判官としてはこの点に配慮すべきは当然である。

また、税務署長等の特定の国家機関が一定の目的をもって作成する文書は、その目的や作成者の偏見に左右され客観的真実とは異なった事実が記載されやすいということも経験則上周知の事実である。更に税務署長等の国家機関に対し一般市民が非常に迎合的であり、その国家機関の意図するところに従いやすいということも経験則上周知の事実である。

それ故、税務署側が作成した書類等の証拠評価をする時には極めて厳密に検討されるべきは当然である。

然るに原判決は、上告人側の証人の証言ないし上告人本人尋問の結果については、いたずらに厳しく弾劾し、被上告人側が提出した証拠については無批判にその信用性を肯定するという誤ちを冒している。

三、原判決の経験則違反

1、原判決は、「右(本件土地)代金については、それぞれの弁済期までに控訴人(上告人)が各地主に対して支払った。」(原判決引用の第一審判決三五頁)としているが、元敬の富士宮信用金庫芝川支店の普通預金口座から昭和四八年八月六日金五一〇万円が払い戻され(甲第四七号証の二)、翌七日、上告人の蒲原町農協の普通預金口座に金五〇〇万円が入金している事実へ乙第七二号証)や、佐野博が上告人の所へ現金を持参したという証人佐野博の証言や上告人の本人尋問の結果によれば、各地主に支払われた金に元敬の金が含まれていたことは明らかである。上告人、被上告人とも上告人の右蒲原町農協の普通預金口座を通して旧地主に対し土地代金が支払われたことについては争いはない本件事案において、富士宮信用金庫の元敬の普通預金口座からの右払戻し金五一〇万円と蒲原町農協の上告人の普通預金口座への右入金五〇〇万円の関係を審理しないまま「本件土地代金については、それぞれ弁済期までに控訴人(上告人)が各地主に対して支払った。」(逆に言えば、元敬による支払はないという)原判決には、審理不尽、経験則違反の違法がある。

2、原判決は、「元敬の死亡、相続における本件土地等の扱い」として、「本件土地が相続税の申告に当たっても相続財産に含まれるものとして申告されていなかったこと」をもって、本件土地の取得及び分譲は専ら上告人の計算において行なわれていたものであるとする(原判決の引用する第一審判決の五二頁、五四頁)。

しかしながら、元々、元敬の本件土地の買受け自体を税務署に対して隠そうとしていたのであるから、相続財産に含まれるものとして申告されていなかったことは当然のことであって、何ら本件土地の取得及び分譲が専ら上告人の計算において行なわれていたことの証拠にならない。よって、この点においても、原判決は経験則違反の違法がある。

3、原判決は、佐野博が原告となって右石原、上村及び磯部に対し、本件土地の一部である四九九九番三六(一一三平方メートル)、五〇一一番地四(四三平方メートル)、及び五〇一一番九(六七平方メートル)の所有権移転登記手続と税務署等から還付された税金等金二五〇万円(石原に対し)、金二五〇万円(上村に対し)及び金一五〇万円(磯部に対し)の返還を求めた訴訟(甲第一四号証の一及び甲第一五の一参照)について、「元敬の相続財産として博に帰属しているとの外形を作出するために行なわせたものと推認することができる。」(原判決の引用する第一審判決五七~五八頁)とする。

しかしながら、本件更正決定があったころには、石原ら旧地主の長期譲渡所得申告のために提出した本件土地売買契約書(乙第六ないし七号証)が虚偽のものであることが税務署に明らかになり、石原らは税務署から責められ、元敬の相続人である佐野博及び石原らと元敬を仲介した上告人との関係が険悪になっていた。それ故、原判決の言うような「控訴人において本件土地の分譲を旧地主からの中間省略登記の方法により難なく処理することができた」(原判決の引用する第一審判決の五六頁)などという状況になかった。税務署は上告人に対し更正決定をする一方で、石原ら旧地主に対し納められた税金等を還付してしまったのである。

そのため、本件土地を誰が購入したか裁判上明らかにするために上告人訴訟代理人が石原ら旧地主を被告として所有権移転登記手続と旧地主に還付された税金等を不当利益を理由に返還を求める訴えを提起したのである。

被上告人及び磯部の立場が原判決の言うとおり上告人に土地を売ったということなら、それだけで被告は佐野博の訴えを棄却できたのである(被告石原については、原判決も元敬に売ったという認定であるから、特に影響ない)。

しかるに、上村及び磯部(石原も)は弁護士を訴訟代理人に選任し、本件土地を元敬に売ったことを認め、所有権移転登記手続に応ずるとともに金員の支払いに応じたのである(石原は金一一一万円、上村は金一六一万円及び磯部は金一一六万円五〇〇〇円、甲第一四号証の二、甲第一五号証の二及び三)。

原判決の前記「外形を作出するため」という判断は、少なくとも百万円単位の金を払うことになった石原ら旧地主の立場を全く考慮に入れない失当な経験則の判断というべきである。

正に、「してみると」(原判決の引用する第一審判決の五八頁三行目参照)、「本件隣接地(石原他)についてはともかく、本件土地については元敬の共同出資に係る共有部分ないし所有部分が存するとの疑いは容れる余地がないと認められ」ではなく、本隣接地(石原他)を含め本件土地(上村及び石原地)についても元敬が買ったという蓋然性が極めて高くなるのである。

以上のとおりであり、原判決には判決に影響を及ぼすこと明なる経験則違反(法令違背)があるから、原判決は直ちに取り消されるべきである。 以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例